自転車(じてんしゃ)とは、一般に、二つの車輪を前後に設置した乗り物で、乗り手自身の人力を主たる動力源として、ペダルなどによりこれを車輪に伝えて走行するものをいいます。
自動車などと比較して、移動距離あたりに必要とするエネルギーが少なく、排出ガスが発生しないなど、地球温暖化問題が叫ばれる現在、クリーンな移動手段として見直されています。
自転車(じてんしゃ)とは、一般に、二つの車輪を前後に設置した乗り物で、乗り手自身の人力を主たる動力源として、ペダルなどによりこれを車輪に伝えて走行するものをいいます。
自動車などと比較して、移動距離あたりに必要とするエネルギーが少なく、排出ガスが発生しないなど、地球温暖化問題が叫ばれる現在、クリーンな移動手段として見直されています。
「歩行や駆け足以上の速度を人力で出す」この発想を最初に残した人物はレオナルド・ダ・ヴィンチと言われています。彼の残したメモには自転車のデッサンが残っています。このデッサンは前後輪が同じサイズで、前輪をハンドルで操り、後輪をひも状のものでペダルとクランクを介して駆動させるという、現在の安全型自転車に通じる画期的なデザインでした。しかしながら、この発想力は実現するに至らなかったのです。
実際に製作された自転車の始祖とされるものとして、1817年にドイツの発明家カール・フォン・ドライス男爵によって発明されたドライジーネ(Draisine)が知られています。前輪後輪が同径ながらもクランクやペダル、チェーンなどはついておらず、足で直接地面を蹴って走るものでした。
ベロシペード1860年にはフランスでミショー型が発明されました。これは現在の小児用の三輪車と同じようにペダルを前輪に直接取り付けたものでした。オリバー兄弟がピエール・ラルマンの発明に商機を感じ取り、ピエール・ミショーと組んで製造販売を始めました。(英国ではボーンシェイカー、日本では「がたくり」ともよばれました。)
ペニー・ファージング英国のジェームズ・スターレーが1870年頃に、スピードを出すために前輪を巨大化させたペニー・ファージング型自転車を発明しました。スピードが出て、デザインも洗練され、スポーツ好きの紳士の間で好評を博します。この当時は自転車レースが盛んであり、スピードを追求するために、ペニー・ファージング型自転車の前輪はどんどん拡大し、大きなものでは直径が1.5mを越えるようになりました。日本にも輸出され「だるま車」と呼ばれました。これはレース用には人気があったが通常用としては乗車が困難であり、安定性が悪く転倒すれば頭から落ちるようなもので、気軽に乗れるようなものではありませんでしたが、このタイプで長距離のクロスカントリーライドまでおこなわれたことから、スポーツ用としてはかなりの力を秘めていた仕様でした。
ローバー安全型自転車1879年 ローソンによる後輪チェーン駆動車の発明がなされ、1884年、ハンバー、マッカモン、BSAなどがチェーンで後輪を駆動し、より低く長い格好となった自転車の販売をはじめました。ジェームズ・スターレーの甥ジョン・ケンプ・スターレーが1885年に「ローバー安全型自転車(Rover Safety Bicycle)'」として販売を開始しました。これは車体の中心付近にペダルとクランクを設け、後車輪とチェーンで連結することで動力を伝える現在の形であり、危険なペニー・ファージング型に対して「セーフティ型(安全型)」と名前をつけて販売されました。この時点でペニー・ファージング型は「オーディナリー型(普通型、従来型)」と呼ばれセーフティの先進性を引き立たせるような名称とされました。このローバー安全型自転車が現在の自転車の原型とされています。 その後、セーフティ型にフリーホイールやダンロップが発明した空気入りタイヤが装着され、現在の自転車がほぼ完成されたのです。
そして現在高度成長期には日本の自転車輸出量は世界一となり、世界中で日本製の自転車が乗られていました。現在では円が強くなったことで自転車の輸出は激減し、中国製を主とした外国製自転車が日本の市場に多数出まわっています。現在、自転車の輸出量は中国が世界一となっています。